◆平和友の会会報連載「世相裏表」2019年6月号
福島調査60回
安斎育郎
●被災者の懸命の努力に寄り添う
福島原発事故から8年余、影響はさまざまな形で残り、保育関係者や農民や帰還希望者に今なお気を抜けない問題を突きつけている。私は現在「平和のための博物館国際ネットワーク」(INMP)の代表として、ネットワークの民主的運営や健全な財政畝意を確立し、2020年9月の第10回国際平和博物館会議の日本開催を成功させる責任を負い、結構多忙な日々を送っている。しかし、それでもなお、月々の福島通いを仲間の科学者・技術者とともに続けているのは、原子力科学を専門とする科学者としての悔恨と無念と道義的責任を抱えているからだが、現在続けている「福島プロジェクト」調査を始めた2013年5月から6年間で調査は60回に及んだ。毎年10回平均で通い続けている勘定になる。
2019年5月30日~6月1日、プロジェクトは福島市平石の「さくらみなみ保育園」周辺のホットスポット調査、福島市渡利の「さくら保育園」の4歳児散歩コースの放射線環境の見立て、そして、双葉郡浪江町のエゴマ農家の畑の放射能環境調査、に取り組んだ。今回参加したチーム・メンバーの平均年齢は75歳に近く、調査はかなりハードなものだったが、真実を明らかにし、とるべき対策を考える上で有効な調査だったと確信している。
●2019年5月、60回目の調査・相談活動
初日に行なった「さくらみなみ保育園」近くの橋のたもとのホットスポットは人通りも少ない場所なので、人間の被曝という観点からはさして重要な問題ではない。橋の中央では0.07マイクロシーベルト/時(京都での自然放射線レベルは概ねこの程度)、橋の北東側のたもとではその約3倍の0.2マイクロシーベルト/時であるのに対し、橋の南東側のたもとでは約40倍以上の2.7~3.1マイクロシーベルト/時の高い汚染が残っているのはなぜなのか、その理由を解明したいという気分がずっと残っていた。
今回の調査でその理由はあっけなく解明されたと感じている。原発事故が起こった3~4月の季節には福島市のこの辺りでは「北東の風」が優越していることが1976年~2010年の国土交通省気象庁の調査でも明確に示されており、事故後に降った放射能汚染雨水がこの北西風に吹き寄せられて橋の南東側のたもとに高い汚染をもたらしたということのようだ。しかも、橋の南東側のたもとには背丈が数十㎝ある草が茫々と生えており、これらが汚染雨水の流れを食い止め、この場所に汚染雨水のたまり場を作ったらしいし、この場所は地表から10㎝ほど下でコンクリートに突き当たるので、放射の雨水が垂直方向に染み込むのを阻止し、ホットスポット形成を促進したらしい。
福島での調査で、放射能は、①もじゃもじゃ、けばけば、ざらざら、でこぼこしている場所、②傾斜地の下の裸地、砂地、草地、③屋根、雨樋、雨だれが落ちた庭先、④雨水のたまり場(窪地)、⑤側溝(とくに水の流れの悪い側溝の底)であることを明らかにしてきたが、今回のケースも④の例に当てはまることが明らかになったといえる。
第2の「さくら保育園」の1時間20分ほどの散歩コースの調査では、放射線防護学的に深刻な問題となるようなことは何もなかった。園から程遠からぬ瑞龍寺というお寺の境内と隣接する広大な共同墓地(キリスト教徒の墓もある)を巡る散歩コースだが、緩やかな坂道で、道すがら季節ごとの花や虫と出会い、お地蔵さんや珍しい墓碑にも遭遇すると同時に、街中の道では交通ルールの学習も出来る魅力的な散歩コースだ。1時間20分の散歩での被曝は0.17マイクロシーベルト程度で、仮のこの散歩を年間30回実施するとしても、トータルの被曝は私たちが京都で被曝する年間の自然放射線レベル(大体2,100マイクロシーベルト程度)の400分の1以下で、散歩の意義を損なうようなレベルからは程遠い。散歩コースの途中にある未除染の藪や坂道の下のホットスポット(0.4マイクロシーベルト/時程度)に留意するよう保育園側に伝えたが、実際上は通過するだけなので重大な被曝の原因にはならない。
第3の双葉郡浪江町の畑の汚染はどうだったか?すでに昨年からエゴマ栽培を始めている畑については何度も土を混ぜ返す農作業が繰り返されており、事故後に表層15㎝ほどを削り取った後に被せた山砂(新しい土)に含まれた僅かな放射能が含まれてはいるものの、引き続きエゴマ栽培に利用する上で差し支えはないと判断された。昨年、その畑で栽培されたエゴマからは放射能は検出されなかった。
一方、今年からエゴマ栽培に取り組もうという若干23歳のIさんが使用を予定している畑の土には、畑の横方向と深さ方向について放射能濃度に「ムラ」が認められた。放射能濃度と言っても、一般廃棄物として焼却処分していいとされている8,000ベクレル/kgよりもずっと低いレベルではあるが、深さ15㎝よりも深い土(もともとあった畑の土)よりも、後から被せた山砂の方に幾分高い放射能が観察され、それが畑の場所によって不均等に分布していた。調査から6日目にIさんに調査結果報告書を電送し、電話で「垂直方向に深さ30㎝ぐらい天地返しし、水平方向に均等化するように混合することが好ましい」旨を伝えたが、この若い農民はその方向で取り組む意思を表明した。
●事態を侮らず、過度に恐れず、理性的に向き合う
「福島プロジェクト」のボランティア活動には限度もあるが、被災者と同じ目線で実態を見つめ、同じ目線で悩み、改善・改良の道を共同で模索することを通じて、少しずつ信頼関係を深めつつあると確信している。プロジェクトのモットーである「事態を侮らず、過度に恐れず、理性的に向き合う」という姿勢を貫きながら、老骨奮闘集団は今後も「終わりなき闘い」(「福島プロジェクト」の活動を紹介したEtv特集のサブタイトル)に可能な限り取り組む予定である。