ラジオ番組:平和・原発・ひとりごと 2019年11月号

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皆さんこんにちは、安斎育郎平和原発独りごと十一月号の時間がやってまいりました。
十一月というと十二進法の世界ではおしまいの一歩手前んですね。まあ今年も、もうおしまいの一歩手前まできたってわけですね。

人間はこれまで面白いことに大体指が10本あることが基本になって十進法ってのが発達してきて、今基本は十進法ですけれども一年が十二カ月であるということで十二進法っていうのも広く歴史上使われて今日に至ってますね。
もう一カ月で年の暮れだと思うとちょっとあわただしい気がいたしますけれども。

先月を振り返ってみると台風による水害がものすごい深刻な被害をもたらした月でしたね。
河野太郎さんっていう防衛大臣が演説の中で自分が地元では雨男と言われていて、自分が防衛大臣に就任してから既に三つ台風が来たって言って、出席者の笑いを取ったんだけれども、そのことが批判の対象になってね。
翌日、謝罪をしておりました。

もちろん台風は特定の人間が雨男とか雨女とかそういうことによって発生したり日本列島に襲い掛かったりするわけではなくて、これは世界的な気象の条件によってそういう現象が起こる。
特にそこに人間の生産活動、二酸化炭素など大量に生産活動によって気候変動が起こって、それが台風の発生あるいは発生した台風の勢い猛烈な台風とかよく言いますけども、そういうことにも影響してるのではないかっていう、かなり深刻な問題も含まれている中で自分が、雨男であるということを引き合いに出して三回の台風が来たと、しかもそのたびに自分が統括している自衛隊が支援のために活躍したってようなことを紹介する流れの演説はいかがなものかっていう気は確かにいたしますよね。
私はですね、もう自衛隊災害出動で活躍しているありさまは、それなりに見聞きしてしておりますので、いっそのことを自衛隊というのを、憲法上の問題もある存在なんですが、これをいっそのことを災害救助隊というふうにして、災害救助の専門部隊にした方が遥かにいいと思っているんですね。
それで防衛省っていうのも私がもし内閣総理大臣だったら平和省にするっていう政策なんですけれども。

あるいは防災省の方がいいという人もいるかもしれませんけれども。

とにかく日本が戦争に備えるのではなくてですね、この間戦争で亡くなった日本人というのはほとんど皆無なんですが、災害で亡くなった日本人というのは大震災含めて何万人といるんですよね。
だから、この国は戦争に備えてアメリカの戦闘機を一兆円も金をかけて買うっていうんじゃなくって、この国のやっぱり防災の手立てを強化するためにですね、あるいは防災の教育や実際身を守る手段を普及するためにそれ相応のお金を使ってですね防災立国にもっとてした方がいいと思っています。
そのためには自衛隊の軍隊がなくって大後なのかって議論をする人もいますけども、日本が憎まれたり恨まれたりすることのない、愛され尊敬され敬意を表され訪れてみたくなるような平和な国日本であるってとことをもっとおおいに世界的に広めてですね、平和に力を入れるそういう国で国連平和大学なんてのも日本に招いてもっともっと日本が平和に貢献している戦争はもともと憲法上やらないことになって放棄したことになってんだから、平和な国日本としてるんで防衛省を平和省にして自衛隊を災害救助隊にする。
もちろんこの国は海に囲まれてるので外的な外から来る可能性があるっていうことであれば、海上自衛隊や海上保安庁の一部を国境警備隊として再編して国の警備にあたる。それ軍隊じゃなくて警察部隊ですけれども、そういう形でこの国の平和的な外交安全保障政策を組み立て直した方がいいんじゃないかっていうことも、河野太郎さんの演説を聞きながら再び考えていたところですが、この問題はたいそう重要な問題なので、あらためて語ることにしたいと思いますね。

さて十月私は何をしていたかっていうとこれまたたいそう忙しい月でありましたけれども、福島の調査に二回行っておりました。
私は二千十一年の三月十一日に震災に基づいて原発事故が起こって以来ずっと福島通い続けて、二千十三年の五月からは福島プロジェクトっていうプロジェクトを仲間といっしょに組んで、ほぼ毎月二泊三日で福島に行って農民や学校の生徒たち、保育園の園児たちその安全を守るためにですね、放射線防護学という放射能の専門家としてやれることをずっと続けております。

二千十三年の五月に福島プロジェクト立ち上げてから今日まで二六年半経っていますけども。
合計福島に行った回数が次へ二三千葉に帰ってきたんですが六十五回目でしたで六年半で六十五回ってことから大体一年間に十回、二月の雪の降る時期は地面に放射能が積もっているんですがその上に雪がかぶさると人間にとってはありがたいことに放射線が少なくなるんですけども測定する側にとっての実態がよくわからなくなるので二月数は概ねパスですね。
それから八月はやっぱり福島も酷暑ですので、案内する人々も大変なので八月はむしろ原水爆禁止運動など広島や長崎に出ることが多くてそれをパスするとやっぱり一年間大体十回ってことになるんですが、先月10月は二回行っておりました。十九、二十、二十一と行って、一週間後の二十五、二十六ともう一回行ったんですね。

ご承知の通りに台風が、猛烈な台風がやってきて十月十二、十三日のころに日本列島にものすごい被害をもたらしたんですね。千葉県とか福島県が大変でした。特に福島県は大変で亡くなった人が三十人、全国一多かったんですね阿武隈川が氾濫したりあるいはいわき市のように水道施設が使えなくなったりして、今でもたくさんの人が避難していてそこにノロウイルスの影響が広がりつつあるってなこともあってなかなか大変な状況でした。

その中でエゴマ農家、浜通りって太平洋に面した浪江っていう原発に割に近いところですが、そこでエゴマを栽培。
シソ科の植物でごまの一種のエゴマってのが取れて、とっても健康に良いと言われてるんものですけど、これでエゴマのオイルを作ったり、ドレッシングを作ったりジャムを作ったり、いろんなことをやってるんですが、それの栽培をしている畑が放射能で汚染されているってんで、その調査で行ったんですね。

畑の土には測ってみると放射能があるんです。

しかし、驚くべきことに放射能が一番高い場所でエゴマの栽培を試験的にやってましたけれども、そこで栽培されたエゴマを収穫して測ってみたところ、エゴマの根っこにも茎にも葉にも実にも検出されないんですよね。福島の土の特徴でして福島の土は層構造を成していて、その層と層の間にセシウム百三十七って放射性物質が重点的に吸着されて離れないんですね。

だから土の中にそれが仮にあったとしても、そこに水を張って植物を育てても、その放射能が水に溶けてこないのでそこで栽培した植物にはほとんど全く放射能が吸い上げられることがないですね。

したがって、放射線防護学的にはこれで大丈夫っていうお墨付きを出すことができるんですけれども、社会的にはですね、風評被害っていうのはやっぱりあって、福島から離れた東京その他の都会でも福島の野菜など売ってますけども、畑は汚染しされてるけれども、野菜は汚染されていないということで、納得する人と納得しない人がいるんです、やっぱりね。

実際に口に入る野菜には放射能が検出されてないんだから、それはそれで科学的には他の畑で栽培したものと全く同じ扱いをして構わないので、それは理解ができるんでしょうけれども、やっぱり畑の土の中に放射能が残っているってことが何となく気持ち悪さ、気味悪さを残していてですね。

やっぱり福島産の野菜と、例えば大分産の野菜と並んでいれば原発事故がなかった大分のほうの野菜を選びがちであるってことで、福島の生産者たちは一生懸命管理をして放射能の監視をして世界で一番福島の農産物ってのは放射能のチェックが厳しいところですが、そこで生産したものでも原発事故の経験をしてしまったという、そのことが科学とは別に心理的な影響を与えているんですね。そのために福島の人は懸命に、農作業にいそしんでですね。放射能の入っていない物を作ってるにも関わらず都市部にそれを出荷するときには買い叩かれるんですよね。
農産物と全く同じ遜色のないあるいは、おいしいものもあるんですけれども、福島産であるということだけで買い叩かれるようなことが起こるんですね。私の放射線防護学者として放射線の面で大丈夫ですよというお墨付きを与えたものについては、風評によって、福島産だからという理由だけによって、それを買い控えるってことが無いように、そして、そのことこそが福島の農民たちを励まし復興の助けをすることであるっていうふうに思っています。

今ですねエゴマの油を使って何をやろうかってんで、いろいろ考えてるんですが、ごく最近思いついたのは、ハロウィーンランタンですね。小さいかぼちゃランタンの中にエゴマの油で灯りをとって、それで楽しもうということで、来年のハロウィーンには、エゴマのハロウィーンランタンを世に出したいと思っておりますので、それで見つけたらぜひ使って楽しんでいただければいいと思います。もちろん災害の時にもそれで灯りをとったりで使えるようなものとして今、工夫をしつつありますので、ぜひ来年のこの時期ですね。
登場するかもしれないので、楽しみにお待ちいただきたいと思います。

ではまた来月お会いしましょう、さようなら。

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