「平和友の会」会報2017年3月号「世相裏表」原稿
原発事故から6年目を迎えて
前号で「かごめかごめ」のわらべうたとトランプ政権をめぐる状況を論じたが、日本の「後ろの正面」がアメリカだということは、日米首脳会談後のトランプ大統領の記者会見発言でしっかり裏付けられた。大統領は“United States of America stands behind Japan 100%”と言い放ったのだから、「アメリカは日本の後ろに100%立つ」ということだ。福島原発事故に至るエネルギー戦略の歴史的展開過程でもアメリカはずっと日本の背後に立っていたのだから、私たちにとっては「今さら何よ」という感じだが、これは「フェイク・ニュース」ではないだろう。
しかし、トランプ政権とマスコミとの対立は、ますます激しさの度を加えている。2017年2月21日、トランプ大統領は当選後初の記者会見を開いたが、CNNの記者に対して、「君のところはフェイク・ニュースだ」「君には質問の機会を与えない」と、政権批判的なマスコミに対する嫌悪感を露わにしている。日本でも昔、佐藤栄作首相や田中角栄首相が批判的マスコミに激怒し、関係が悪化したことがあったが、トランプ大統領の特徴は、自ら明らかに「フェイク・ニュース」と思われることを恥も外聞もなく垂れ流していることだ。大統領就任式の参加者数とか、スウェーデンでの「テロ」の発生とか、事実関係を確認すればすぐにウソであることが分かるようなニュースを平気で声高に叫ぶ厚顔の持ち主らしい。大統領選挙の頃から、クリントン陣営の評判を傷つけるためのフェイク・ニュースが飛び交うような選挙環境で当選した人だから、彼自身は、支持者に影響力を行使出来ればフェイクだろうが何だろうが、使えるものはビジネスライクに何でも使うのだろう。危うい人だ。
筆者が愛読している『寄席芸人伝』(古谷三敏ファミリー企画)第30話に「千三つ福蔵」という話がある。「千三つ」は千に三つしかホントのことを言わないうそつきのことだ。「なんでそんなにホラばかりつくんですか?」と聞かれて、福蔵は、「お前な、偽(いつわり)てえ字を知ってるかい?」と聞き返し、「にんべんに為と書くだろう。ウソいつわりてえものは人の為になるんだよ」と答える。トランプ大統領にせよ、金正男氏暗殺事件についての北朝鮮の情報発信にせよ、「ウソいつわりが人の為になる」とは考えにくいが、唯一「人の為になる」とすれば、政府発表にせよ何にせよ、「発信された情報をちゃんと検証することなく信じると騙されるよ」という態度を国民が培うことの大切さを教えてくれることだろうか。前回も紹介したパトリック・ハーランさん(通称:パックン)は、トランプ政権を「うそつき呼ばわり」すると批判されるとすれば“trump”という単語を活用すればいいと言った。“trump”には「切り札」とか「勝利する」という意味があるが、あわせて“trump up”と言えば「でっちあげる、捏造する」という意味だ。ほら貝は英語で“trumpet shell”だから、ちょっとダジャレて言えば「ホラを吹く」に相当するのだ。パックンは、トランプ大統領がウソを言ったら、“Trump trumps again”(トランプはまたホラを吹いた)と言えばいいと提案していた。
ところで日本人は、6年前の福島第一原発事故の経験によって、国民が長年にわたって「原発安全神話」というフェイク・ニュースに騙されてきたことをイヤという程思い知らされたはずだ。これを垂れ流しし続けた罪、これを信じつづけたツケは、あまりにも重い。あれから6年、福島原発の現状は極めて深刻だ。
同時並行的に事故を起こした1~4号炉のうち、1,3,4号炉では水素爆発が起こり、1,2,3号炉では核燃料が溶融した。4号炉は定期点検中で原子炉から核燃料が貯蔵プールに移されていたから熔融はなかったが、炉内に核燃料があった他の3つの原子炉では核燃料のメルトダウンが起きた。先日やっと2号炉に3年越しに開発した「サソリ」と呼ばれるロボットが投入されたが、2メートル進んだだけで動けなくなり、開発たちの落胆は大きかった。それでも、壊れた炉内には1分間で致死量に達するような放射線が飛び交い、送られてきた画像も強烈な放射線の影響でチラついていた。2018年度中に核燃料の取り出し方法を見極め、2021年には1~3号機のどれかで実施に移すという東電の主観的願望は依然として根拠のあるロードマップとは言い難く、40年と見積もられる廃炉行程も大幅に遅延する恐れがあるが、それほどに厄介な事態が現実に起こっていることを再認識し、再稼働方針や原発依存政策を抜本的に見直すべきだと確信する。
昨年6月9日に福島第一原発を視察したことは本欄でも紹介したが。そこは「マイクロシーベルト」の世界ではなく、「ミリシーベルト」の世界だった。原発直近の大熊町・双葉町・浪江町・飯舘村などの「帰還困難区域」も手つかずのままになっているため、国道上でも今なお京都の自然放射線レベル(0.06~0.1マイクロシーベルト/時)の数十倍~百倍の汚染が認められ、今後これらの地域を「帰還可能区域」に変えるためには、大規模な除染工事を計画的に進めなければならない。先ごろ、福島原発事故の後始末には除染や補償を含めて21兆5千億円程度必要という評価が行われたが、前述した廃炉計画の遅延や「帰還困難区域」の除染などの追加的な費用を算入すればさらに大きく膨らむに相違ないと思われる。
「帰還困難区域」の住宅に立ち入ってみると直ちに分かるが、放射線以外にも泥棒やネズミ・アライグマ・ハクビシン・イノシシ・サルなどの獣害も重なって事態は極めて深刻である。事故から6年、避難した人々の中には故郷に帰りたいという欲求をもつ人々も少なくないが、同時に、若い人々を中心に避難先での職業生活や居住環境がそれなりに成立しているために「帰還欲求」が減退している状況もある。一昨年の9月に帰還が認められた楢葉町の実績でも、1年半の間に帰還した人は約1割に過ぎず、高齢者中心の帰還者を主体とする地域共同体再建のためのインフラ投資などを考えても、「地域復興」が実態としてどのような形で進められるのか見通せない現実がある。原発災害では、思うように「帰村」が進まないうちに村が寂れて「棄村」になり兼ねないような事態が起こり得るのであり、その意味からも原発依存の危うさを再考すべきだろう。
一方、度々報道されているように、福島の被災者が避難先の地域社会で不当な偏見や差別にさらされ、原爆被爆者が味わったと同質の不快な体験を強いられている現実も深刻だ。「放射能は移る」と言われ、「やがて白血病で死ぬんだろう」と言われ、「汚染を運んできたんだろう、いつまでいるんだ」と言われ、福島ナンバーの車を停めているだけで通報され、車に「出ていけ!」と書かれたりする。原発被災者には、地震被災者や水害被災者とは別の「放射能ゆえの災厄」がつきまとっている。「オールジャパンで復興支援」などのスローガンはあっても、被災者と非被災者がいがみ合っているようでは心一つに脱原発の未来社会を展望するなど夢のまた夢になりかねない。
すでに本欄でも触れてきたように、延べ100日をこえて福島通いをした筆者の被曝はせいぜい0.2ミリシーベルト程で、日本人の年間自然被曝線量(2.2ミリシーベルト)の平均値の10分の1程度である。成田─ニューヨークのフライトで浴びる宇宙線の被曝と同程度と言ってもいい。200人近い福島の人々を個人被曝線量計で測った範囲では、人々の被曝は2~6ミリシーベルト/年で、フィンランド・スウェーデン・ギリシャ・スペイン・フランスなどの自然放射線被曝(5~8ミリシーベルト/年)に比して極端に多い被曝をしている事実はない。
福島を体験した国の人間として、「国家的信用詐欺」ともいうべき原発政策に振り回された歴史を真摯に振り返り、科学と人権の両面から「事態を侮らず、過度に恐れず。理性的に向き合う」ことがますます重要になっている。