奇跡の起こし方?
●韓国平和ツー余話
すでに本紙で紹介したように、2019年5月16日~20日、「平和のための博物館国際ネットワーク(INMP)協賛、安斎育郎先生同行」と銘打った韓国平和ツアーが行われました。
私は、いま、INMPのジェネラル・コーディネータで、定款によれば「ジェネラル・コーディネータは会を代表する」とありますから、「ジェネラル・コーディネータ」なんて長々しい名前を言っていられない時には「INMP代表」と紹介することにしています。これは「なりたくてなった」役職ではなく、理事の一人として、ネットワークが抱えていたいくつかの非民主的な問題や財政上の困難を解決する方法を提起している間に選挙でジェネラル・コーディネータに選出されてしまったのです。頼まれるとめったに「イヤ」と言わない安斎先生のことですから、結局はやることになりましたが、その際に掲げた「運営方針は」は、①財政の健全化、②会務の民主化、③意思決定過程の透明化、④会員負担の平等化、そして、⑤トーレーサビリティ、です。⑤の「トレーサビリティ」というのは、「なぜこのような決定がなされたのか」といったことが後で問題になった場合に、記録を辿ればちゃんと意思決定の民主的なプロセスがフォローできるという意味です。こんな方針を掲げたということは、前任者の時代にこれらの原則が守られていなかったからに外なりませんが、今では、山根和代会計理事と片山一美会計専門委員の協力のもとで、会務は非常に民主・公開の原則に則って健全に行われている(と信じてい)ます。
INMPの会計年度は1月~12月ですが、2019年度の会計年度が6月末に半期を迎えたところで、私が毎月発行している“From General Coordinator’s Desk”第15号で半期決算報告を会員に開示しました。その中の収入の部に「韓国平和ツアー10万円」という項目が含まれていました。つまり、INMPが協力してこのツアーを実施した結果、旅行会社から10万円の協力金がINMPに入金したということです。INMPにとっては前代未聞のできごとですが、これも財政の健全化政策の一つです。来春には重慶空襲やゲルニカ空襲をテーマにした旅行も計画されていますので、ぜひご参加下さい。重慶には私も同行するつもりでいます。
●韓国ツアーでの出来事─タクシー数事件
つい先だって、つまり2019年7月14日のことですが、私の甥にあたる「ソラミミスト」安齋肇(イラストレータ、アートデザイナー、陶芸家)と出町柳のトランスポップ・ギャラリーでトーク・ショウをやる機会がありました。テーマは「Miracles(奇跡)の作り方」です。
「奇跡」というのは、一般に、「時に神業と思われるような人知を超えた驚くべき現象のうち、好ましいもの」を言うことになっています。「人知を超えている」訳ですから、「奇跡を起こすノウハウ」が予め分かってしまったら「奇跡」でも何でもありません。だから、「奇跡の起こし方」という問題の立て方自身が「自家撞着」なのですね。安齋肇さんはそれを承知で、こういう切り口を無理やりに設定して安斎育郎さんから何か面白い話を引き出そうという魂胆であることは見え見えです。会場にはわざわざ入場料金を払って20人ぐらいのファンが集まって大賑わい、面白いトークでした。
話の中で韓国平和ツアーのことが話題になり、私はソウルに昨年開設された「植民地歴史博物
館」で行なった5月19日の講話の中で触れたインドの数学者シュリニヴァサ・ラマヌジャン
(1887年~ 1920年 )の話を紹介しました。
この日ツアー一行は光州から新幹線でソウルに移動したのですが、ソウル駅から植民地歴史博物館に行く途中で「6916」というナンバーのタクシーとすれ違って、心ウキウキしていたのです。なぜでしょうか?
実は6916を4で割ると1729になりますが、この「1729」こそ本欄でも前に紹介し
たことのある「タクシー数」と呼ばれる珍しい数なのです。
「1729」という数字の特異性に気づいたのは安斎育郎ではなく、夭折したインドの数学者シュリニヴァサ・ラマヌジャンでした。ラマヌジャンはインドのマドラスで育った貧しい家柄の男の子で、高校では全科目で成績が悪く、ましてや高等数学の正式な教育などまったく受けたことがありませんでした。しかし、15歳のときジョージ・カーという数学教師が書いた『純粋数学要覧』という本に出会ったことで数学の虜になりました。1913年、ラマヌジャンはイギリスのアラン・ベイカー教授らに自分の数学的発見について手紙を書き送りましたが、殆ど黙殺されました。しかし、ただ一人、ケンブリッジ大学のゴッドフレイ・ハロルド・ハーディ教授はラマヌジャンの手紙を読んで、仰天しました。最初は「狂人のたわごと」程度にしか思いませんでしたが、やがてその内容にびっくり、ラマヌジャンの成果には明らかな間違いもあるが、中には、「この分野の権威である自分でも真偽を即断できないもの」、「自分が証明した未公表の成果と同じもの」がいくつか書かれていたのです。
こうしてハーディはラマヌジャンをケンブリッジ大学に招聘し、ラマヌジャンは1914年に渡英しましたが、ヒンドゥー教徒として厳格な菜食主義者だったこともあり、また、インドとイギリスの天候や生活習慣の激変もあり、ついに病気になって入院してしまいました。結核か、ビタミン欠乏症か、アメーバ性肝炎などが疑われています。
指導教員だったハーディ教授が病院に見舞った時、教授は、「いま乗ってきたタクシーのナンバー・プレートが1729で、つまらない数だった」と感想を述べました。しかし、その時です。ラマヌジャンは、「先生、それは違います。この数は1 3 +12 3 =9 3 +10 3 と、三乗数の和として2通りに表せる最小の整数です」と言ってのけたというのです。まさに天才だけが創造できる奇跡の瞬間ですね。
このエピソードが知られて以来、数学者のあいだでは1729は「タクシー数」として知られるようになりました。安斎育郎さんはこのことを知っていたので、1729の倍数の4桁の数、つまり、3458、5187、6916、8645はいつも頭の中にあります。2019年5月19日にソウルから植民地歴史資料館に行く途中で出会ったタクシーのナンバーはまさに「6916」、感動の瞬間でした。なぜひときわ感動が強かったかというと、それには訳があります。
その日の午前中まで2泊3日した光州は、まさに、1980年5月18日の「光州事件」の現場であり、80年代以降の韓国民主化運動の歴史的な発火点でした。ご存じかもしれませんが、この事件を描いた映画として、チャン・フン監督の『タクシー運転手─約束は海を越えて』(2017年8月2日封切り)があります。第90回アカデミー賞外国語映画賞韓国代表作でもあります。1980年5月に光州市で起こった民主化を求める民衆蜂起とチョン・ドファン(全斗煥)政権の軍事弾圧の実話をもとにしたものですが、あらすじは、ソウルのタクシー運転手キム・マンソプが、10万ウォンという高額な運賃を期待してドイツ人記者ピーターを乗せ光州へと車を走らせることろから話が始まります。検問をかいくぐって光州へ入る過程でピーターは軍による非人道的な暴虐を目撃し、その事実を全世界に発信するため撮影記録を持ち帰ることを決意します。タクシー・ドライバーのキムも、仲間や市民との出会い、そして無残にも次々に死んで行く市民の姿を見るうちに次第にピーターの使命を理解するようになり、クライマックスではピーターのカメラを没収しようとする政府の追手とカーチェイスをしながらソウルへ戻るというワワクワ、ドキドキするような社会派アクション映画です。
実は、韓国平和ツアーでは、「6916」のナンバーのタクシーに出会う前の日まで、この映画『タクシー運転手』のことを何度も話題にしていました。その心模様のまま「6916」のナンバーのタクシーに出会ったのですから、すぐに4で割って「タクシー数」をはじき出し、ビビビッ!と反応して、これは「奇跡だ!」と感じたのです。
私が「ソラミミスト」とのトークで言いたかったことは、次のようなことです。おそらく「1729」というタクシー・ナンバーの意味を知らなければ、その4倍数である「6916」と出会ってビビビッと感じることもなかったでしょう。私はバスの窓のカーテンの隙間から「6916」という番号を見た瞬間心ドッキリ、「これは奇跡だ!」と思いましたが、カメラで撮影する間もありませんでした。
まあ、幅広くいろいろな知識をもっていると奇跡にも気づき易い、そうでないと奇跡に出会ってもその意味を見逃してしまう─その日はそのことをアピールしたかったのでした。
参考までに、私が京都で出会った「1729」ナンバーの車と、つい先だってであった「9271」のナンバーの車の写真を掲げておきましょう。
2010年2月27日京都市内にて
2019年7月15日伏見桃山