北朝鮮をめぐる攻防のはらむ危険性

◆平和友の会会報連載「世相裏表」9月号原稿
北朝鮮をめぐる攻防のはらむ危険性
安斎育郎

 2017年9月10日、国際平和ミュージアムで「第51回原爆忌全国俳句大会」が開かれ、以下の大会宣言が発表された。

大会宣言
 原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ   金子兜太
 いま、私たちの心の中には、「一つの憂慮」と「一つの希望」が同居しています。
 「憂慮」は、北朝鮮の核軍備の過激化に対する日米政府などの対決姿勢のエスカレーションです。出口の見えない敵対関係の泥沼化は、不安を増幅するばかりです。
一方、私たちの心の中には、今までにない「希望」もあります。二〇一七年七月七日、国連は核兵器禁止条約を、交渉会議参加国中「賛成一二二、反対一、棄権一」の圧倒的多数で採択したのです。核兵器禁止条約は、核兵器の開発・生産・実験・製造・保有・貯蔵および使用とその威嚇の一切を禁止する抜け道のない原則を明らかにした画期的な内容でした。それは、広島・長崎原爆投下から七二年、ビキニ水爆被災事件から六三年目にして体験した、日本の原水爆禁止運動史上初めての喜びに満ちた瞬間でした。
しかし、私たちは悲しむべき現実にも直面しています。核保有国がこぞってこの条約づくりをボイコットしたばかりか、「唯一の被爆国」である日本国政府が、この歴史的な条約の交渉会議に参加することなく、最大の核保有国である同盟国アメリカに追随して条約に背を向けているという深刻な現実です。私たちは、この悲しむべき現実を乗り越え、五〇回をこえて続けてきた原爆忌全国俳句大会の原点である核兵器廃絶の願いを実現するためにいっそうの努力を続けていきたいと切望しています。
本年九月一日、私たちは、原爆忌全国俳句大会の五〇年史『被爆の野から─原爆忌全国俳句大会五十年の記録』を刊行しました。私たちは「継続は力なり」の言葉を信じ、これからも俳句文化を通じて非核・平和への道を歩み続け、「唯一の被爆国」こそが果たすべき人類史的な地球非核化の事業の一端を担い続けることを宣言します。
二〇一七年九月一〇日

第五一回原爆忌全国俳句大会

大会宣言は、その前段で「一つの憂慮」として北朝鮮の最近の動向について言及し、「北朝鮮の核軍備の過激化に対する日米政府などの対決姿勢のエスカレーションです。出口の見えない敵対関係の泥沼化は、不安を増幅するばかりです」と述べている。
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は地理的には軍事境界線(38度線)を挟んで朝鮮半島南部を実効支配している韓国(大韓民国)と対峙し、ともに、1991年に両国そろって国連に加盟している。北朝鮮憲法は、「朝鮮半島全体を領土と規定」しているが、一方、南側を実効支配する韓国も、憲法上は「朝鮮半島全体を領土と規定」している。両国は東西冷戦下で誕生した分断国家で、1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争では、北朝鮮・中国軍両軍と米軍を中心とした国連軍の間で一進一退の激しい戦闘が繰り広げられたが、1953年7月27日に「朝鮮戦争休戦協定」が結ばれたものの「終戦」には至らず、以来、両国は現在に至るまで「休戦」中で、これまでも軍事的対立や小規模な衝突を繰り返している。
北朝鮮の政治体制は「チュチェ思想」(朝鮮民族の主体主義に基づく主体思想)をとり、「社会主義人民共和制」をとっているが、2009年に改定された憲法序文で「軍事が全てに優先する」といういわゆる「先軍思想」が、「チュチェ思想」とともに体制建設の中核思想と定められている。
その北朝鮮が「先軍思想」の中心に「核弾頭装備戦略ミサイル潜水艦」を置いているように見えるが、近年、地上及び潜水艦からのミサイル発射実験、ロフテッド軌道によって日本海に落下させるミサイル打ち上げから、日本列島を超えて太平洋に着弾する長距離弾道打ち上げ実験、さらに、原爆開発から水爆開発へと、その軍事路線は科学技術上の力量の蓄積を伴いながら急速にエスカレートしているように思われる。
北朝鮮の軍事行動に対して、国際社会は、2006年に行われた北朝鮮の核実験に対する決議「国連安保理決議1718」(いわゆる「国連制裁決議」)をベースに置いて制裁による圧力強化を続けているが、この間の北朝鮮の軍事挑発へのひた走りを見るにつけ、また、制裁強化に反対または慎重な態度をとる中国やロシアの姿勢を見るにつけ、このようなやり方には限界があることは明らかだろう。
北朝鮮との交渉や話し合いに応じることは「軍事挑発に屈して面子丸つぶれだ」として頑迷に拒絶するような路線は、決して平和的とは言えない。気になるのは、アメリカでの各種世論調査で、30~50%が北朝鮮に対する軍事力行使に賛成していると伝えられることだ(2017年9月10日現在)。際どい軍事対決態勢を続ければ非意図的な事故の危険も増大するし、新たな些細な衝突が大規模な軍事衝突の原因になるリスクも増す。日本国憲法はその第9条において「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と明確に述べている。同盟国(「宗主国」と呼ぶべきか)アメリカに追随して核兵器禁止条約の交渉会への参加を取りやめた「唯一の被爆国」日本の政府は、この問題でもアメリカの意向以上のことは主張もせず、アメリカがとる行動を正当化することに汲々とするのだろうか。北朝鮮の核兵器保有に「説教」している核保有国は、自らの核兵器保有を正当化し、核兵器禁止条約に背を向けている立場だから、いつも言う通り「ヘビースモーカーの禁煙運動」または「アル中の禁酒提言」みたいなものでさっぱり説得力がない。日本政府が本当に「核兵器廃絶」を望むのであれば、とっくの昔にアメリカに対しても核兵器禁止を訴えかけ、核兵器禁止条約に積極的に取り組むべきことは言うまでもないが、かつて、アメリカの核兵器の持ち込みを密約してきたし、次期首相候補と言われる石破茂氏もごく最近も「アメリカの拡大核抑止政策を受け入れるのであれば(つまり、日本の安全保障をアメリカの核兵器に依存するのであれば)、非核3原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)の“持ち込ませず”は見直す
べきだ」と公言しているような体たらくだ。ロシアや中国が「圧力ではなく対話によって問題を解決すべきだ」と言っているのだから、彼らが積極的な役割を果たす場を生み出し、提言を実践させるがよい。もちろん、ロシアや中国は「アメリカが対話のテーブルに着くことこそが問題解決の本質だ」と言っているのだから、今こそ米中ロが確執を捨てて平和的解決への手本を示すことこそが求められよう。そして、われわれは、この余りにも情けない日本の政権のあり方を変えるための国民的共同を追求しなければなるまいと思う。

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