平和友の会会報連載「世相裏表」2018年3月号原稿

改めて言う、「隠すな、ウソつくな、過小評価するな」

 2011年3月の福島原発事故から7年目の春を迎えました。先日、私が東京大学でアカデミック・ハラスメントを受けていた時代についての2時間ほどのインタビューがありました。その時、2011年3月11日私がどこで何をしていたかを想起する質問がありました。

 私はあの東北太平洋沖地震の瞬間、伏見大手筋の商店街の喫茶店でメールのチェックをしましたが、めまいを感じてふと自然を上げました。観葉植物がゆらゆらと揺れているのを見て、「アッ地震だ」と分かりました。

 やがて帰宅して震災の様子をテレビで見るうちに、午後6時ごろに共同通信社から電話インタビューが来ました。原発で異変が起こっているらしいということでしたが、最後に、「原発批判を続けてこられた安斎さんが、いま原発関係者に伝えたいことはありますか?」と聞かれました。私は直ちに「『隠すな、ウソつくな、過小評価するな』と伝えて下さい」と答えました。とっさの応答としてはなかなか気が利いていると、今でも感じます。70年代初頭から国の原発政策批判をしている中で、年中、隠したり、ウソをついたり、過小評価する原発関係者の姿勢が「頭に来ていた」ので、瞬時にこの答えが口を衝いて出たのでしょう。この指摘は、事故から7年たった今も極めて重要な原則だと確信しています。

 最近の森友学園問題をめぐる財務相理財局の決裁文書書き換え事件を見るにつけ、「隠すな、ウソつくな、過小評価すするな」は国政の上でも重要だと感じます。「隠すな、ウソつくな」は説明を要しませんが、この場合の「過小評価するな」は「主権者国民の逆襲を過小評価するな」という意味であることは言うまでもないでしょう。

 国会という国権の最高機関に提出する行政文書が事実と異なる捏造文書であるなどということはあってはならないことですが、このところの国会での安倍政権の答弁を聞いていると、不都合なものは「記憶にない、記録がない、すでに破棄した」の一点張りで、ついには、首相夫人のふるまいや首相の答弁を防護するために「忖度」の次元を通り越してとうとう官僚が公文書を書き換えるという「禁断の木の実」まで食べてしまったようです。 禁断の木の実は旧約聖書の『創世記』に記されている「神によって食べることを禁じられている知恵の木の実」ですが、アダムとイブは蛇に誘惑されてこの実を食べ、楽園から追放されたとされています。さて、日本の政界で起きた「禁断の木の実」事件では、いったい誰が楽園から追放されるのでしょうか?科学の分野では、実験で得られたデータの中から自分の主張に合わないデータを消し去ったりしたら、それは科学論文としての資格を失います。今回の事件については経済界からも「民主主義の否定」として批判を受けていますが、このような公文書の書き換えはあれこれの政党政派をこえた根本問題で、大蔵官僚だった故・宮沢喜一氏流に言えば「吏道を逸脱する行為」ということでしょう。私は4月から立命館アカデミックセンターで連続講座「日本の『道(どう)』を考える─宗教・文化・スポーツを通して」を担当する予定ですが、神道・仏道・修験道・華道・歌道・香道・茶道・政道・武道(剣道・柔道・合気道・角道=相撲道など)・芸道・書道・画道などに「吏道」も加えなければならないと感じ始めています。

 先の平昌オリンピックで「パシュート」というスピード・スケート競技が注目を集めました。3人のスケーターがチームを組んで(男子では8周、女子では6周)トラックを回り、最後の選手(3番目の選手)がゴールインしたタイムで勝敗を決めるなかなか面白い競技です。日本の女子チーム(高木美帆・高木菜那・佐藤綾乃、控えに菊池彩花)は決勝でオランダを破って堂々の金メダルでした。

 パシュートではスタート後出来るだけ早く3人が「風切りひと塊態勢」をつくってスイスイと滑ります。流体力学の原理に基づいて速やかに「風切りひと塊態勢」をつくるのは、陸上競技400メートルリレーの日本チームのバトンタッチ技術にも似て、まさに「お家芸」の感じです。私も京都駅の混雑の中を歩くときは、私の前をスイスイと歩く人のすぐ後ろに陣取り、パシュートの原理で歩きます。風を避けるのではなく、人を避ける「パシュート式歩行術」です。前を歩く人が1人ではなくて同じようなリズムで歩く2人組、3人組であればもっと安定的に進むことが出来ます。パシュート競技では、3人が最低1周はトップに立たなければなりません。3人の協力競技とはいえ、やはりトップに立つ人のスピードによって律速されるので、3人の協力の妙味だけでなく、トップに立つことを義務づけることによって個人の力量も問われることになります。駅の人込みを歩く時も、遅い人の後ろについたのでは文字通り速く進むことは出来ません。

 ところで「パシュート」というのは英語のpursuitが大元です。意味は「追いかけ、追跡、追撃、追求、探求」などですが、その延長線上で「従事、職業、仕事、研究」などの意味でも使われ、「趣味、気晴らし、レジャー」という意味合いも含まれています。しかし、おそらく現在の英和辞典を見ても「3人一組に走るスピード・スケートの長距離団体競技」という意味はまだ書かれていないでしょう。ごく近年使われるようになった競技名です。

 英語のpursuitは「幸福の追求」(the pursuit of happiness)のような使われ方もしますが、森友問題では首相のhappinessを追求するためにチーム安倍(安倍首相・麻生財務大臣・佐川理財局長)が結成されたのでしょうが、佐川さんがトップに立って風よけになろうとしたものの途中でずっこけてしまった感じです。平昌オリンピックで韓国の女子パシュートチームが人間関係が原因で3人目の選手を置き去りにしてゴールインしたということで大々的な批判を受けたようですが、どうも日本の行政庁の責任者たる安倍総理大臣も佐川さんを置き去りに走ろうとして国民的な批判にさらされようとしています。このままではゴールインどころか、全員がずっこけそうな気がしますが、どうでしょう。