平和友の会会報「世相裏表」2019年2月号

◆平和友の会会報「世相裏表」2019年2月号原稿

10年目軟着陸作戦

安斎育郎

  • 57回目を終えた福島調査・相談活動

私は2011年から約2年間は、一匹狼で福島支援活動に取り組んでいました。しかし、2013年5月、志を同じくする科学者やエンジニアと交流する機会があり、「福島プロジェクト」を立ち上げていっしょに調査・相談・学習・支援活動を行うようになりました。2019年1月24日~26日の調査で57回目を迎えましたが、事故から約8年経った今でも、保育園の散歩コースの放射線量率分布の見立てや、浪江町のような原発から10キロ圏内にある農地での作物栽培の可能性の評価など、要請に応えて福島に通うプロジェクトはまだまだ続きそうです。

昨年11月に久しぶりに福島市内の「さくらみなみ保育園」を訪れました。要請は「散歩道の放射線マップづくり」と「食品汚染検査をやめるタイミングに関する相談」です。

前者は前にも測定したことがある散歩コースに新たなコースを追加した散歩道の放射線レベルの測定です。10,000歩近く歩きながらホット・スポット・ファインダーという測定器を用いて放射線量率の分布を測定しました。この装置は放射線検出器による測定値を人工衛星による位置情報と結び付けてパソコン画面上に2次元分布を表示する優れもので、この装置をぶら下げて一回り歩いてくれば直ちに地図上に放射線レベルの分布が表示されます。今回測定したさくらみなみ保育園の散歩ルートには取り立てて放射線防護上の問題を示すような点はありませんでしたが、コースの後半の橋のたもとにいわゆる「ホット・スポット」があり、願わくは福島市が除染することが望まれましたが、汚染の実態と除染の必要性につて市の政策担当者にその気になってもらわなければなりません。「福島プロジェクト」として汚染の実態に関する報告書を作って保育園に提供することにしました。園はこの報告書を福島市に示して、園児も通る可能性のある場所の除染を依頼することになるでしょう。

 

  • 10年目軟着陸作戦

第2の問題は私が「10年目軟着陸作戦」と名づけたある方法についての相談です・

実は、さくらみなみ保育園はずっと給食用の食材の放射能汚染検査をやっています。測定器は市から借りたものですが、毎日毎日、給食に使う食材の放射能汚染をチェックし続けています。

ところが、この3年ほどは、測っても測っても「検出限界以下」という結果しか出ません。汚染レベルが減って食品の放射線レベルをはるかに下回り、測定のためのサンプルづくりが大変な割にさっぱり手ごたえが感じられない事態なのです。測定するにはある食品を細切れないしジューシー・ミキサーなどで流動体上にして均質なサンプルを作り、それを決められた容器に入れて放射能分析装置にかけ、15分ほど待って汚染のレベルを測定します。厄介なのは、測定したい食品はすべて粉々にして測定容器に入れなければならないことで、仮に「汚染なし」という結果が出ても粉々、切れ切れ、どろどろにしてしまったので、そのサンプルに使った食品を調理には使えないことです。もしも「汚染あり」という結果が出たら、その食材を全部廃棄するという決断の前に「再測定」ということもありますが、それがまた面倒極まりなく、そんなことに1時間以上もかけていたら給食に間に合わなくなってしまいます。

しかも、このところ大変な手間をかけて毎日毎日測定しても何も出ないので、保育園としては「もうやらなくてもいいのではないか」という意見も出て、「食品汚染検査をやめるタイミング」が問題になっているのです。

姉妹園である「さくら保育園」は「さくらみなみ保育園と違って、350万円ぐらいする測定器を独自に仕入れ、こちらも毎日毎日測定しています。ただし、こちらの測定器は食材を切れ切れ、粉々、どろどろにする必要はなく、そのまま測定器にかけられるので、もしも汚染なしと分かればその食材はそのまま調理に使うことが出来ますし、何よりも測定用のサンプルを調製する手間がなく、非常に簡便なのです。しかし、その「さくら保育園」でも「そろそろやめてもいいのではないか」という意見が出て、昨年来検討してきました。私は「放射線防護学的にはやめても全く問題はないが、保護者も含めて『気分』や『安心感』の問題があるので、いきなりやめるのには心理的抵抗があるかもしれない」と感じ、相談に乗ってきました。実際、「さくら保育園」のエントランスに置いてある食材検査記録表はことごとく「ND」(検出限界以下)と記載されていて、ほとんど誰も懸念や関心を振り向ける人もいなくなりつつあります。「さくらみなみ保育園」でも全く同じで、保育者がいろいろ意見交換をしていますが、「やっぱりいざという時に不安だ」といった意見も根強く残っており、なかなかやめるタイミングを見出せない状況が続いています。

そこで私が助言したのが「10年目軟着陸作戦」で、今すぐやめるという判断をするのではなく、事故から10年目の2021年3月11日をめざして「軟着陸する」という考え方です。それには、①三段跳び方式、②グライダー方式、③ヘリコプター方式(あるいは、オスプレイ方式)という3つの方法があると提案しました。

三段跳び方式というのは、まさに「ホップ・ステップ・ジャンプ」と10年目までの期間を3つに分けて、例えば2019年は今まで通り、2020年は測定する食品を限定(例えば過去に汚染が検出された食品に限定するなど)、2011年の1月から3月11日の期間にはこれまでの測定結果の総括や今やめる意味についての学習会や市の関係者を呼んでのシンポジウムなどの開催といった「終わりの儀式」を行なうという風に、三段階に分けて徐々に合意形成を図るという方法です。

グライダー方式というのは徐々に測定頻度や測定試料を減少させ、2021年3月11日を期してやめるような軟着陸方式です。

ヘリコプター方式あるいはオスプレイ方式というのは、2021年3月11日までは今まで通りの高度を保って測定し、10年目にストンと「本日をもって終了します」と垂直着陸する方法です。

2019年1月25日の第57回福島調査の時に園関係者とお話しした限りでは、「三段跳び方式」が「検討に値する」と思われたようでした。今後、私も引き続き相談に乗りながら計画を具体化していくことになるでしょう。

 

  • 終わりに

人間は何かを始めるのもさることながら、終わる決断をするのに困難を感じるものです。なぜなら、何かを始めるときにはその行為を始める必要性を意識しているからですが、ずっとその行為を続けている間にだんだん意義が感じられなくなり、「さてどうするか?」という気分を抱えながらも、やめるきっかけを提起するに十分な理由を見出し難く、また、言い出しっぺになることに躊躇を感じるからです。

このような場合には区切りをつけるためのアイデアが必要ですが、その背景にはもちろん「放射線防護学的にはやめても問題ない」といった科学的根拠が不可欠です。今回の事例では、まさに科学的には問題ないのですが、「気分の問題」をクリアーするためにはみんなが納得しやすい「方式」の提起が有用で、その意味で「10年目軟着陸方式」はそれなりの意味があると信じています。