「世相裏表」2018年2月号

平和友の会会報連載「世相裏表」2018年2月号原稿
トランプ政権の新核戦略

安斎育郎

●トランプ政権の新NPR(核態勢見直し)
 アメリカのトランプ政権が、核戦略体制の見し(Nuclear Posture Review, NPR)を発表しました。

その概要は以下の通りです。

今後5~10年のアメリカの核政策の指針となる 核戦略見直し NPR は、新たな小型核兵器や核巡航ミサイルの開発を表明した上、核兵器を使わない攻撃(通常兵器による攻撃)への反撃にも核兵器を使用する可能性を明記し、核兵器の役割を拡大する方針を鮮明にした。これは、「核なき世界」を掲げて世界の核軍縮を主導しようとしてきたオバマ前政権の方針を大きく転換させるものだNPRの発表はオバマ前政権下の2010年以来8年ぶりのことで、パトリック・シャナハン国防副長官は「新NPRは現在の安全保障状況に応えるものだ」と強調し、「アメリカは核兵器を使用したいわけではない。米国と同盟国、パートナー国の安全を保つために効果的な抑止力を維持したいのだ」と述べた。

●「核抑止政策」の問題点
 2018年1月24日に開催された平和友の会の「沖縄と核」に関する学習会でも説明した通り、こうした「核による戦争の抑止」という核抑止論には、根本的な問題がある。当日配布した資料にもある通り、核抑止論の基本矛盾は 暴力によって暴力を抑える という性格です。「核抑止力は、抑止が機能している間だけ抑止力たるに過ぎない」とはかつて国連事務総長報告でも言われた言葉ですが 私は昨年8月の原水爆禁止世界大会・長崎大会の主催者報告の中で、このことを次のように述べました。
かつて、国連事務総長報告でも、「核抑止力は、それが破綻する時まで機能するに過ぎない」と指摘されたことがあります。1週間前、長崎県の遊園施設でバンジージャンプのロープが切れる事故がありましたが、直前の検査でも安全であると判断されていました。命綱はそれが切れるまで命綱であるに過ぎない─国連事務総長報告は、核抑止力はそれが機能している間だけ抑止力であるに過ぎず、いつ破綻するか分からないところにこそその本質的危険性があることを指摘したものです。私の友人であり、この世界大会にも参加したことのあるロバート・グリーン(Robert Green)さんは、元イギリス海軍将校として核戦略にも関わった人ですが、1982年にイギリスとアルゼンチンの間で起こったフォークランド紛争で核抑止論の欺瞞性に気づき、後に『核抑止なき安全保障(Security Without Nuclear
Deterrence ─核戦略に関わったイギリス海軍将校の証(Testimonies of a British naval officer who engaged in nuclear strategy)』などの著書を通じて核抑止論を厳しく批判し、「核抑止政策は国家的信用詐欺」(Nuclear deterrence policy is a national credit fraud.)だと断罪しました。
 ところで、イギリスが核兵器によって、アルゼンチンが戦争という手段に出ることを抑止していた筈なのにそれが機能しなかったように、もしも核兵器による抑止が破綻した場合には、抑止力の信頼性を担保するため、つまり、核兵器による脅しが単なる「張子の虎」ではないと思い知らせるためにも、実際に核兵器を使用しなければならないでしょう 核兵器による脅しにもかかわらず相手が攻撃を仕掛けてきた場合に核兵器が使用されなければ、 核兵器は『単なる脅し』であって、実際には使わない」と思わせかねないので、核兵器が使われなければその瞬間に 抑止力として機能すること自体をやめざるを得ない」性格のものです 広島・長崎の被爆体験は、 核兵器は使用されてはならないもの」であることを示したのに対し、核抑止論の立場からすれば、 抑止力の有効性を保つために核兵器は必要なら
いつでも使用されなければならないもの」であり、そこに解き難い矛盾があります。

アメリカは今次のNPRで、改めて「小型核兵器や核巡航ミサイルの開発 を表明しましたが、これらは「実際の戦場レベルで使い易い核兵器」というべきでしょう。実際、広島原爆の数百倍のメガトン級の核兵器を使うことには影響の深刻さや戦後占領政策への影響などの点で躊躇があるでしょうが、その点で小型核兵器は「核兵器使用の敷居」を下げるに相違ありません。
万一北朝鮮に対して核兵器が使用されれば、北朝鮮側も核兵器使用を手控える理由がなくなり、核兵器による反撃を考えるでしょうが、まだ信頼性が確立されているとは言えないアメリカに対する戦略的な長距離核ミサイルの使用よりは、より確実性の高い選択─例えば、沖縄の米軍基地に対する核攻撃─を検討する可能性が高いでしょう。日朝間の軍事緊張が高まっている状況下で発表されたアメリカの新NPRは、東アジアにおける核兵器使用の危険性を旧来よりも高めるものでこそあれ、決して、核兵器禁止条約の国連での採択や がノーベル平和賞受賞に反映されている非核・平和を求める世論の方向に沿うものではないでしょう。日本もその渦中にあることを認識し、先日の学習会でも提起された問題意識─「私たちに何が出来るか」という主体的・実践的視点を忘れないよう心がけましょう。

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